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境内マップ

出雲大神宮の見どころをご案内いたします。
マップ内の番号をクリックいただくと説明文へ移動します。

下記の名称をクリックいただくと説明文へ移動します。

① 本殿〈ほんでん〉

◆御祭神
 大国主命(オオクニヌシノミコト)
◆縁結び・金運・福の神
◆三穂津姫命(ミホツヒメノミコト)

社殿は元明天皇の和銅二(709)年に建立され、現在の本殿は鎌倉時代末期の元徳年間、あるいは貞和元(1345)年に足利尊氏が修造した事が当時の史料から知られています。 しかし近年、三枚の棟札が発見され、そのうち文安二(1445)年十一月二十六日のものは「御願主源右享(京)大夫殿」とある点を考慮し、社殿造営に関して室町期に管領職として幕権を掌握した細川勝元との関係を無視すべきではありません。

その造りは中世神社建築に多く見られる三間社流造平入で、建坪十四坪弱、檜皮葺を施しており、明治三十九(1906)年に旧国宝、現重要文化財に指定されています。 平面は正面に一間の向拝をもうけ、前庇を外陣、身舎を内陣・内々陣にあて、奥に行くに従い格式を高めています。外陣と内陣部分には高欄付きの縁をまわし、身舎側面の中央柱の所に脇障子を立てて見切り、身舎後半部には縁をまわしていません。(『新修亀岡市史』資料編第四巻)

中門:切妻造、平入

② 拝殿〈はいでん〉

拝殿は入母屋造、妻入で本殿と同じく檜皮葺を施した舞殿形式の建物であり、明治11(1878)年に官費により造営されました。ここでは4月18日の花鎮祭や、10月21日に斎行される例祭にて、巫女による御神楽「浦安の舞」が奉納されます。

③ 招霊木〈おがたまのき〉

◆樹齢1500年以上と推定される。
◆樹種:オガタマノキ…モクレン科
◆胸高幹周:1.55メートル
◆樹高:15メートル

樹齢1500年以上のオガタマノキは環境の変化などにより倒木の恐れがありました。
平成24年3月20日に樹齢1500年以上だった出雲大神宮オガタマノキの苗木の植樹祭を行います。現在は土壌作りの為、上記写真の様子となっております。
暖地に生える常緑高木。

京都府には自生種はまだ見つかっていない。
オガタマというのは招霊(オギタマ)の意と言われ、神事に用いられてきた。花は香り高く、主に神社に植えられている。材は固く家具などに用いる。
この木は参拝者に神徳を与え、人々に幸福を授くと伝えられ、神宿る木として崇められてきた。3月中旬~下旬に可憐な花を付け、10月に赤い実を付ける。

④ 社務所〈しゃむしょ〉

ここは祭祀以外の事務的な神社実務を執り行う場所で、普段は神職や巫女が詰めています。
またその窓口は神札神守授与所と呼ばれ、神棚にお祀りする御神札や身に付けて頂く御守等をお頒かちしております。

⑤ 辨財天社〈べんざいてんしゃ〉

素戔嗚尊が天照大神への忠誠を示す為、誓約(うけい)が行われ、天照大神は素戔嗚尊の剣を砕いて息吹をお掛けになられたところ、三女がお生まれになられました。 宗像大社にはこの三女神がお祀りされており、その一人の御分霊をお祀りしています。

⑥ 真名井の水〈まないのみず〉

真名井の水は昼夜を問わず流れておりますので、有難い水とその御神徳を聞きつけた参拝者が絶えず御神水を汲みに訪れます。
日本水質保健研究所によれば、古生代の石灰岩層をつたって火山噴火でできたマグマの接触変成岩層から湧き出ている「うまい水」で、ミネラルがバランスよく含まれる極めて健康によい理想の水であるとするなど地質学的に実証されております。
このような水は自然界の中でもほんの一部しか存在しないという事です。(大阪朝日新聞 昭和60年12月26日付)

⑦ 手水舎〈ちょうずや・ちょうずしゃ・てみずや・てみずしゃ〉

鳥居をくぐられましたら、手水で心身を清めて本殿にお参り下さい。

⑧ 御蔭の滝〈みかげのたき〉

「御蔭の滝」は竜神乃神をお祀りする滝としていにしえより地域の源として崇められています。

⑨ 磐座〈いわくら〉

磐座内は神域、禁足地となります。

⑩ 古墳〈こふん〉

横穴式、五世紀~六世紀前、前方後円墳車塚古墳は当宮由縁の口碑あり。
推定は成務天皇代。

⑪ 稲荷社〈いなりしゃ〉

◆毎月23日 稲荷社祭
◆御祭神
 宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)
◆五穀豊穣・商売繁盛の神

全国に沢山お祀りされ、お稲荷さんで親しまれている穀物の育成を司る神様です。
母神は黒太夫社御祭神の大山祇神の子、神大市比売で、素戔嗚尊との間に生まれた御子神であります。

⑫ 春日社〈かすがしゃ〉

◆御祭神
 建御雷之男神(タケミカヅチノオノカミ)
◆天兒屋命(アメノコヤネノミコト)

大国主命による国造りが完了して、皇孫に国譲りの際、天津神の使者として遣わされたのが建御雷之男神です。
大国主命は御子神の事代主命に尋ねて決定すると伝え、事代主命はこれに賛同なされました。
またもう一人の御子神である建御名方神がいると申し上げた所、その建御名方神は自分の国に来て勝手な事をしているのは誰だ、と建御雷之男神に力競べを挑みます。
これに勝たれたのが建御雷之男神で、全国に多々お祀りされる春日社の御祭神として、また敗北された建御名方神は遠く諏訪の地に逃れられ、そこで皇室をお守りすると誓われました。
また古来より祭祀を司ってきたのは藤原氏で、その祖と仰がれた天兒屋命をお祀りしています。
建御雷之男神と共に春日大社の御祭神で、当宮ではその御分霊を奉斎しております。
これは中世、藤原氏の一族、一条(後の西園寺)家が当宮の領家職であった事に由来します。

⑬ 御蔭山〈みかげやま〉

◆毎月25日 國祖祭
◆御祭神 国常立尊
 (クニノトコタチノミコト)

神々様が御降臨遊ばされたのは御神体山である御蔭山で、出雲大神宮の本殿が立てられる以前から公武を問わず、尊崇を集めてきました。古は千年山とも呼ばれた様に、永続の根本、つまり国の最も優れた中心地でありました。 御蔭山は国祖として知られる国常立尊がお鎮りになられ、『富士古文書』には当宮御祭神の三穂津姫命が御奉仕し、お隠れになられた折にはこの御蔭山に葬られたと記されています。

⑭ 上の社〈かみのやしろ〉

◆毎月14日 上の社祭
◆御祭神 素戔嗚尊(スサノオノミコト)
◆厄難消滅の神
◆櫛稲田姫尊(クシイナダヒメノミコト)

天照大神のお怒りをかい、高天原から追放された素戔嗚尊は出雲国に天降りまして、手名椎、足名椎神の女である櫛稲田姫尊を八俣大蛇の生贄から守り娶られました。
その時に素戔嗚尊が詠まれた「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠めに 八重垣つくる その八重垣を」という和歌は最初の和歌と伝えられています。 また記紀によれば素戔嗚尊の子、また5世あるいは6世が当宮主祭神の大国主命であると記されています。
上の社本殿は向拝を設けるなど出雲大神宮本殿を模倣した流造ですが、その造りは一間社と珍しい構造で、創建は文化10(1813)年と擬宝珠に刻まれています。

⑮ 崇神天皇社〈すじんてんのうしゃ〉

◆毎月14日 崇神天皇社祭
◆御祭神 崇神天皇
 (ミマキイリヒコイニエノミコト)
◆第十代天皇

当宮は崇神天皇により再興されたとの社殿が伝わっています。
この崇神天皇は歴代10代目ですが、『日本書紀』によれば「御肇国天皇」(ハツクニシラススメラミコト)と記され、実際に存在した最初の天皇と推測され、その御業績を神格化したのが初代神武天皇ではないかとも考えられています。

⑯ 笑殿社〈わらへどのしゃ〉

◆毎月14日 笑殿社祭
◆御祭神 事代主命(コトシロヌシノミコト)
◆商売繁盛の神
◆少那毘古名命(スクナヒコナノミコト)
◆医薬・健康の神

事代主命は当宮の主祭神大国主命の御子神であり、皇孫に対する国譲りに功績のあった神様でありまして、託宣を司る御神徳で著名です。
また少那毘古名命は国譲り以前の国造りに際して大国主命に御協力遊ばされ、共に温泉を衆庶に広めて医薬を教え、その完了後は常世国にお移りになられました。

⑰ 参集殿〈さんしゅうでん〉

毎年4月と10月の大祭後の直会会場として使用しております。また、結婚式の控え室や地域の行事(敬老会)などにも利用されています。 詳しくは社務所までお尋ねください。

⑱ しあわせ、なでうさぎ

「しあわせ、なでうさぎ」は、日本神話「古事記」に出てくる「因幡の白兎」で、当宮ご祭神である大国主命様に助けられました。
神様のお使いである白兎は、飛び跳ねることから運気の上昇や飛躍を象徴する動物とされ、体をなでることで幸せが訪れると言い伝えられています。また、ご自身の体の痛い部分と同じ所をなでると痛みや病気を除去するとも言われております。
当宮では、一ノ鳥居の前にございますので、どうぞ優しくなでて頂きますれば、大国主命様のご守護と共に皆様の幸せをご祈念いたします。